日経産業新聞

《情報化投資してよかった組》


●柴田製作所(自動車部品加工)
「価格一千万円 手が届く 材料管理・脱職人頼み」


デンソーの孫請け会社で自動車のメーターやポンプ、レバーなどの小物部品加工を手掛ける柴田製作所(愛知県・豊川)は昨年末、ERPの導入に踏み切った。
同社は社員が15人、三人息子が会社を取り仕切る典型的な家族経営の小規模事業所だ。片や、ERPとは経営の基幹情報システムをパッケージにまとめたもので、大手企業が国際競争力の強化や、2000年度の連結会計制度に備えて導入を進めている。中小の下請け製造業には一見無縁のようだが、実はそうではない。

柴田社長が父から引き継いだ工場のありようは、昔ながらの零細企業。緊急時に必要な材料の品番や高度な加工のノウハウは、父の右腕だった古参の職人たちに頼り切りで、日常の現場の進行状況や段取りは担当者の頭の中にしまい込まれがちだ。

景気の先行き不透明感で投資を抑制したいのはやまやまだが、このままでは管理しきれなくなる、との危機感が高まっていた。とはいえ、親会社で見学した情報システムは中小の現場の実情とは隔たりが感じられたうえ、価格は数千万円から億単位。同社に簡単に手の届く範囲ではなかった。

偶然一年前、付き合いのあるCADメーカーが生産管理システムの構築を提案してきた。セルコのシステムは関連会社のプレス加工工場の実態を踏まえたもので、生産の進捗状況や材料の在庫、工程間の在庫が把握しやすく、価格が一千万円までに抑えられたことから導入を決めた。

導入に際しては、障害も多かった。
現場作業者のコンピューター・アレルギーをなだめたり、システムに乗せるために今まで元帳に完備していないデータを整える下準備も大変だ。ただ効果は絶大。先日も出荷した部品に不良品が混じっていた件で、親会社からの問合せに対し、利用した材料を特定し、生産日時や作業状況、出荷などについての経緯を説明したところ、逆に驚かれてしまったのだ。

世界に名だたる「カンバン方式」も、底辺で支える中小の現場は力任せ。厳しい納期に間に合わせるために材料や機械の融通は日常茶飯事。「我々下請けは今まであまりにもアバウトだったのではないか。」と柴田社長は改めて反省する。


●東京精密発條(工作機械機器)
「現場適合に一年半かけ」


「やり方にもよるが、情報化はもうけにつながる」−。バネや工作機械などを手掛ける東京精密発條(東京・大田)の前田社長は最近、そんな実感を強めている。
同社は91年、静岡県に八百坪の主力工場を新設したが、景気後退で三年で撤収。現在は神奈川県で小さな三つの工場で生き延びてきたが、再興の切り札がERPだ。

下請けからの脱皮をかけて同社は工作機械の周辺に取り付けるコンベヤーやカバーにシフトしているが、工作機械業界は納期や色など仕様の変更要求が頻繁だ。生産や在庫の管理を即座に把握し、柔軟に変更するためERPの導入を決断。過去七年設備増強を凍結していたが情報化投資にかじを切った。

セルコは精密板金部品などを手掛ける鈴木電機製作所の関連会社。鈴木電機の情報化の経験を生かして基幹情報システムを設計。地理的にも近い東京精密の前田社長と意気投合。一年半がかりでモノにした。セルコは柴田製作所や東京精密発條からのフィードバックや経験を踏まえてERPを製品化する。

「必要なのはトップの決断と生産現場を熟知し、情報化にも対応できる人材の存在。生産現場に無知なソフト会社の製品は問題外だ。」と前田社長の実感だ。


《身の丈仕様へ要望伝えよ》
成功のカギ

もちろん中小零細企業の中には数千万円を投じて情報システムを構築したが、経営実態と合わずに多額の追加投資が必要になったり、失敗例も多い。システム販売業者やソフトの選択眼を磨くには、情報収集が欠かせない。また、長引く不況と金融機関の貸し渋りで、資金的な投資余力には限界がある。

ただ、大手企業同様、中小にとっても情報化のメリットは少なくない。身の丈にあったシステムの導入は、生き残りのための業務改革の道を開く。

情報化に対して、食わず嫌いではなく経営者が明確なビジョンを持ち、委託先と粘り強くコミットメントを重ねることが成功の条件といえそうだ。


前へ戻る